5.スーパーのレジ打ち【アルバイト体験談】

こんにちは! しばみーです。

高校生の頃、一番熱心に行っていたのは部活と委員会(暗いですか? 楽しかったんですよ、広報委員会)、そしてアルバイトでした。

部活で登山したりしていたので、その資金を貯めるためにアルバイトしていたのです。

 

はい、「遊ぶ金欲しさに」ってやつです!

スーパーのレジ打ちは、お金が貯まって学校では会えない人に会えていろんな体験ができたアルバイトでした。

※私が学生時代の体験談(20年くらい前)なので、現在の状況とはずいぶん違うと思います。読み物としてお楽しみくださいー。

概要

内容:中規模スーパーでのレジ打ち

場所:マンションの1階に入っていたスーパー

時間:18:00~21:00(多少残業もあり)

時給:950円

期間:1年半ほど

時期:1993~1994年

向いていると思われる人:ぼんやり過ごすのが苦にならない人、単純作業を淡々とこなせる人

収入:1日3時間×週3回、4週間で、1か月34,200円 遊ぶ資金集めにはいい感じ

アルバイトを見つけた場所:スーパー内のビラ

アルバイトの内容と感想

レジ打ち

レジ打ちの作業は以下の通り。

  1. 「いらっしゃいませ!」とごあいさつ
  2. 商品をスキャン(お客さまと自分の間にある機械にピッと商品をかざす)
  3. お客さまのカゴからレジ袋に移す(いろいろルールあり)
  4. 「〇〇〇円でございます!」と値段を伝える
  5. お金をお預かりする
  6. おつりを返し、「ありがとうございました!」とあいさつ

今はスーパーだとカゴからカゴに移し、レジ袋に入れるのはお客さま自身ですが、当時はレジ袋に店員が商品を入れることがほとんどでした。

レジ袋に入れる際には、さらに「重いものを下に、肉などはビニール袋に入れる」などのルールがあります。

 

レジ打ちとは別に、レジに人が少ないときには品出し(しなだし)という作業を行っていました。

店内をぐるりと見まわし、足りないものをバックヤードから持ってきて補充したり、棚に並べられた商品が崩れているのを直したりします。

お客さまから誉められる

女性のお客様

あなたのおじぎは本当にキレイね!

今までこんなにいいお辞儀の方にはあったことないわ!

え!? ありがとうございますー(うれしい……)

しばみー

50代くらいの女性から、ある日突然褒められました。

彼女はときどき買いに来てくれるお客さまで、言葉を交わすことはなくてもいつも来ていただいている方だなぁ、と認識はしていました。

まさか話しかけられて、しかもこんな大絶賛されるなんて思ってもみなかったので、とてもうれしかったのをよく覚えています。

 

しかし、蜜月は一瞬でした。

 

女性のお客様

あなたみたいに仕事が丁寧じゃない人初めてよ!
え!? すいませんー(かなしい……)

しばみー

褒められたすぐあとに、同じお客さまからお叱りの言葉をいただきました。

ビニール袋に詰める際に手際が悪かった、という内容でした。

 

私としては、褒められた後に馴れ合いになってしまっていたということもなく、いつもと同じようにやっていたのでとても悲しかったです。。。

 

年齢を重ねた今ならわかります。

急に距離を詰めて近寄ってくる人は、すぐに離れていくものなんです。多分、気まぐれなんですね。

 

だから、褒められても叱られても「はーい」とニコニコしながら受け流せば良かったんですよね。

そうすれば、またそのうちお客様のご機嫌のいいときに褒められたかもしれない。

 

高校生、まだ10代だった当時の私は「なんで突然大絶賛からお叱りなんだろう……」と自分を責めたりして、なかなかキビシイ体験でありました。

やんちゃしてたっぽい先輩とコメ不足と借金

一緒にレジ係として働いていたのは、20代前半の女性と、30代くらいの女性。

20代の女性は若い頃にやんちゃだったのでしょうか、言葉がなんとなくヤンキーぽい。

30代の女性は既婚で、家に帰ったら家事をやらなくちゃ、と話してくれていました。

 

仕事が終わると、なんとなくみんなでタバコも吸える休憩室(時代ですねー)で3人で愚痴を話してから帰るのがお決まりでした。

20代の先輩

私の実家が米屋でぇー、お金がなくて大変なんすよぉー

はい、なんか危険な感じの話の始まり方来ました。

 

米屋でお金がない、今のお若い方にはなんのことやらわからないと思いますが、1993年に日本ではコメ不足だった時代があるのです。平成の話ですよ?

 

1993年は記録的な冷夏でコメの生産が追い付かなくなり、タイから米を輸入。
でもタイ米は日本米とは味や触感がかなり違っていて、これまでの私たち日本人が食べていたお味噌汁にご飯という食べ方は合わず、みんな「米がない!」とパニックになりました。

 

そんなこんなでお米屋さんなど小売店の店頭から米が消えるような事態になっていたのです。

という訳で、先輩は「実家が米屋で……」と言い始めたのですね。

「ああ、大変ですね……」を引き出すために。

20代の先輩

だからー、本当に困っててぇー、ちょっとでいいからお金貸してくださいよー
前に貸したお金を返してくれたらね。

30代の先輩

大人同士の会話です。
自分はどうやって断ったらいいか、冷や汗かきながら考えてます。というか、30代先輩お金貸したの?! そんな見え透いた嘘に!?

 

何も思いつかず、私は「お金ないですー。すいません……」と断りました。

断るとあっさり20代先輩が引いてくれたので心からほっとしました。

こんな出会いは初めて

このとき高校生。

これまで生きてきた中で、こんな人たちに出会ったことはなかったんです。

 

褒めたり、理由もわからず突き放したりを短期間にしてくる人。

お金を貸してほしいと頼む人を見たのは初めて。

嘘だとわかっているのに、お金を貸してあげる人も初めて。

 

高校で知り合う友達はみなお金持ちのおうちの子が多かったので(私は違ったのでバイト三昧でしたが)、そんな中で生活しているとだんだん感覚がマヒしてきてしまうんですよね。

お金持ちの子たちと接するのは、正直ラクだし気持ちよかったんです。気持ちに余裕のある子が多いし、余裕があるから人を陥れようとする子もいなかったし。

 

まるで自分までお金持ちで心に余裕のある人に生まれ変わったみたいな気がして。ふわふわした感覚でした。

 

でも、日本はとても広くて、いろんな人がいる。

私は、できるだけ多くの「いろんな人」と接することで、世界をいろんな角度から見たいし、知りたい、と思ったのは、このアルバイトがきっかけだったかもしれません。

 

その方法が、私にとってはひとり旅やアルバイトの体験を重ねていくことでした。

結局、今も同じようにひとりで旅をしながら、いろいろな仕事をして人と出会うことを続けています。

やりがい

私はレジ打ちには向いていない、と気付きました。

 

ずっと忙しいレジなら面白がることができたかもしれない。なぜならどうしたら効率よく、かつお客さまに喜んでもらえるかを考えることができるから。

でもこのスーパーのレジは閉店間際の時間以外はだいたいヒマでした。

 

このスーパーの仕事では、レジ打ちよりも品出しの方がやりがいを感じました。

「美しく並べてたくさん売る!」

「ひとつでも多く並べる方法を探す!」

と工夫する方が楽しかったのです。

「言われたことをそのまま、正確にこなす」のはニガテ

「自分で少しずつでも改善・改良して工夫していくこと」は得意

という自分の姿が、おぼろげながらに見えてきたのはこのアルバイトの体験があったからです。

まとめ

向いている人・向いてない人

人と機械的に接することが苦にならない人。どうしても流れ作業的になってしまうので。

明るく爽やかだからといってインセンティブが入るわけではなく、決められた時間その場で決められた仕事をすればお金が入るので、あまり人を選ばない仕事かもしれません。

 

人と密に関わりたい方は別のアルバイトがいいかもしれませんね。

常連さんとの多少のやりとりはあります(こんにちはー、寒くなりましたね、程度の)。

収入と得られたもの

収入はぼちぼちです。時給950円は、1993年当時の東京の最低賃金が620円だったことを考えると悪くない金額(ピザ屋のチェーン店で時給1,100円で働いていた高校の先輩もいましたが)。

ただ、高校の後だったので長い時間は働けず、あまりたくさんは稼げませんでした。

 

得られたものは、幅広い人間関係です。

一流企業でしか出会えない人脈があるのと同じように、小さな町の小さなスーパーでしか出会えない人脈もありました。

総合評価

スーパーのレジ打ち
収入
(3.0)
やりがい度
(4.0)
体の疲労度
(4.0)
心の疲労度
(3.0)
総合評価
(3.0)

 

 

超高収入でものすごく疲れる仕事をして休むために空白期間ができてしまうよりも、収入はぼちぼちでも働き続けられる仕事の方が、結局いい仕事だということなんでしょうね。

安定収入、大事ですよね!(とライターの私が言う)(安定収入ないからこその言葉の重み)

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